交通事故過失割合研究会

 

1.経緯および目的

交通事故過失割合研究会は、日本機械学会会員の他に、法律、保険業界などの交通事故紛争に関する有識者、交通事故工学研究者なども加わった学際的構成により、2003年12月、本学会の旧法工学部門の中に発足し、2006年4月からは新たに汎部門的組織としての法工学専門会議の中で、2008年4月1日現在14名の構成員で研究を継続している。

道路交通事故に関する民事紛争(損害賠償請求の紛争)の実務においては、交通事故当事者それぞれの過失の程度を判断する手掛かりとして、いわゆる「過失相殺基準」が用いられている。実務上、最も広く用いられている基準として、裁判官が作成・公表する「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準 (全訂4版 別冊判例タイムズ第16号)」(いわゆる「判タ基準」)が存在し、このほかにも、弁護士が作成・公表するものとして財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部発行「損害賠償額算定基準(いわゆる「赤い本」)」などがある。これらの基準は、法律実務家の視点から作成されたものであるが、そこに工学的観点も含めて多角的な考察・検討を加えることにより、更に合理的、適切なものになるのではないかと考えられる。

当研究会は、社会的、心理的側面をも合わせ、交通事故原因を多角的に研究し、新たな「過失割合の判断基準」を提供することにより、より望ましい判決や和解の実現に資すると共に交通事故の防止にも寄与することを目的とする。

 

2.活動概要

2.1 創設~2006年3月

研究会はほゞ2ヶ月に一度の割合で開催され、全14回開かれた。初めに、過失相殺率(以下、特に区別する場合以外は「過失割合」と記す)の認定基準に関して、有識者から全会員に対して、交通事故処理における過失、過失割合、民法上の不法行為責任を問う際の過失の違い、それらの日本、外国での歴史的背景や現在の法学・法曹界における諸学説について解説がなされ、また、最近の事例による新しい判断も紹介されるなど、議論の前提となる事項について会員のレベル・認識合わせがなされた。

技術関係者から、技術側からみた現行過失割合基準の問題点・疑問点が提示され、法曹関係者からは反論と共に最近の認定基準と傾向についての解説がなされた。また、認定基準に影響があると思われる交通事故環境をめぐる問題点の指摘、交通事故再現・シミュレーション実験などの事故改善技術の最前線について解説がなされた。

現行認定基準では対応されていない自転車対歩行者の事故が増加していることにより、その評価の一層の必要性が述べられた。

研究の方向として、大きく分けて体系的再構築と現行基準逐次改善とがあり、共に大切な関心事だが、①過失割合の法的判断過程への階層的要素ないし複合的要素の取り入れの必要性、②現行基準の再考の必要性、③外国の法改正内容確認と日本の採るべき方向の検討などが大切である、とされた。

しかし、現在の予算按分では、研究助手の活用などによる会員外への作業依頼等は困難で、会員自身による現業務との並行作業となり、検討が長期を要するなど、研究体制の問題点も指摘された。

 

2.2 2006年度

 2005年度末までに、当研究会の目的や交通事故における過失および過失相殺の法的意義等についての委員間における認識調整、最近における安全上の自動車技術や運転者支援技術紹介、以降の当研究会の進め方の確認、現行基準に対する批判に対しての問題指摘・反論、現行基準に関する論文紹介・検討がなされたので、2006年度からは、具体的に、適宜、事故事例を踏まえて、現行の「認定基準」にどのような問題が存するかを中心に、事例研究を行った。

 

A.見通しの良い交差点、ミラー設置交差点などにおける出合頭事故

 見通しの良い交差点でも発生する出合頭事故の一類型として「帯広型事故」がある。この事故類型は、運転者の視覚・心理上、相手方車両を動体として認識できないことが起こり得て、双方が交差点に進入する(か、直前)まで相手を認識できずに衝突するというものである。

また、カーブミラーが設置された交差点での事故実態の調査に関する報告もなされ、運転者はミラーに依存していること、したがって不具合ミラーが災いすること、しかも、ミラーには不具合品が多いこと等が判明したこと、ここから、ミラーに限らず、種々の交通標識、道路近傍建造物、車体構造の交通視野上の不具合等が運転の障害となって、事故が誘引される場合があることが明らかになっていることが報告され、従来のように事故を(双方の)当事者の不注意のみに帰するという過失相殺基準の考え方には問題があるのではないかとの問題提起がなされた。

これらの報告、検討により、交通事故の発生原因としては、人間の認識や判断が大きく関わっていることが明らかとなり、事故防止の観点から見た交通環境を検討するに際しては、人間工学的配慮が重要であることが認識された。

 

B.右直事故

 「認定基準」(判タ基準)の、「交差点における右折車と直進車との事故」に示された事故類型について討論を行った。検討は、まず法律関係者から、各図表の想定する事故状況、そこに示された基本割合および修正値について説明が行われ、その後に各立場から意見交換を行うという順序でなされた。この検討により、法曹界、保険業界において、「認定基準」が迅速な紛争解決に有効に活用されていることへの評価がある一方で、技術関係者からは各事故類型に示された基本割合の数値に対する疑問や、交通環境への考慮がどのように反映されているのか不明である、などの問題提起がなされた。

 

C.2006年度日本機械学会年次大会ワークショップ

当研究会も、本学会2006年度年次大会ワークショップに参加した。9月19日(火)14時~16時、第13会議室(熊本大学 黒髪南地区キャンパス 研究棟Ⅰ 3階309教室)で行なわれ、参加者は約20名であった。

「道路交通事故における過失割合基準の考察」と題して、

(1)交通事故過失割合研究会の意義

(2)交通事故過失割合の意義と経緯

(3)交通事故過失割合の現行基準の考え方と概要

(4)人間工学的観点からの交通事故過失割合の問題点

(5)総括

(6)全体質疑

という内容で行なった。

交通事故での弱者救済思想と過失の意義など、レジュメに添って法律関係者以外にも解かりやすい解説や、別冊判例タイムズ第16号の図を用いての過失相殺の具体的説明、また、事故現場での諸事実についてもパソコンスライドで動的・具体的説明が行われた。まとめとして、課題は多いが、問題点を明確にし、皆で協力して多角的に取り組みたいと方向付けられた。

参加者からは、「過失」という考え方をポジティブな方向へ向けると良いとの意見や、さらに、当研究会のみならず法律と技術との接点の課題に対して、より多くの参加者が集まることが望ましいとの意見も聞かれた。

 

2.3 2007年度

 2006年度に引き続き、「判タ基準」の事例研究を継続するとともに、当研究会の研究方針を討論し、主査から研究成果をまとめる際の案が提案された。

 

2.3.1 事例研究

A.出合頭事故

 出合頭事故について、前年度からの討論をさらに掘り下げる検討がなされた。「信号機により交通整理の行なわれていない交差点における事故」に関連する道路交通法の説明と判タ基準について説明がなされ、判タ基準の基本過失相殺率についても版により数値が改訂されているものがあること、その背景には裁判例の傾向や社会性が反映されていると思われることなどが紹介された。

 関連して、事故全般に関わる問題として、「信頼の原則」(*)についての解説がなされた。

(*):「信頼の原則」とは、「あらゆる交通関与者は、他の交通関与者が交通規則その他の交通秩序を守るであろうことを信頼するのが相当な場合には、たとい他の交通関与者の不適切な行動のために結果を発生させたとしても、これに対して責任を負わない」と定義される原則である。

 

B.同一方向車同士の事故

a. 進路変更車と後続直進車との事故

 当該類型の判タ基準の基本過失相殺率は、「進路変更車に合図義務の違反がないこと、後続車の前方不注視があること」を前提としたものであることが紹介され、討論がなされた。当該類型では、事故誘引は進路変更車側にあると指摘する委員が多かった。また、事故回避という観点からは、進路変更に際して、はっきりとした合図を相手に送り、かつ、相手が了解していると思えない場合や、カーブでは、安全上、割り込むべきではないとの意見が出された。

 このような具体的類型をめぐっての討論を通じて、工学関係委員は「事故を減らすための基準」という視点で意見を述べ、法曹関係委員の「事故の被害者を救済するという観点が過失相殺率の判断に盛り込まれている」という視点から意見を述べていることが明らかになり、過失相殺基準の存在意義そのものからの視点の違いを意識して討論がなされることの重要性が確認された。

b.  駐停車車両に対する追突事故

 追突事故においては、古くから、追突側に100%責任があるとされてきた。しかし、その後、駐停車側の過失を認める裁判例が現れるようになり、事故態様によっては駐停車車両にも過失が認められるという考え方が主流になっていることが紹介された。討論においては、走行車線上での、常識からかなり外れる駐停車が不当であるとする認識が足りないのではないか、また、追突ではないが、駐停車が誘引となる事故もあり、走行車線での駐停車に対する認識を改めることが必要である、さらに、走行車線前方にある走行車と停止車とを明確に区分することは、後方からの運転者にとっては容易ではないという意見も出された。

このほか、自賠法3条の責任をめぐる、駐停車と「運行」に関する諸説の紹介があり、車両保有者の責任についても討論された。

c.  高速道路上の駐停車車両に対する追突事故

 判タ基準では、上記b.でも記したように、走行車側(追突側)の責任が重いという認識で考えられているが、討論では、むしろ駐停車側の責任が重いとする意見も見られた。帯広型事故のように、動いているようには見えないもの、つまり駐停車が風景に溶け込むという心理状態が存することを、事故防止のためには知識として広める必要があるのではないかという意見も出された。

 

C.歩行者と車との事故

 これまで、自動車対自動車の事故を中心に検討してきたが、ここでは、「信号機の設置されていない横断歩道上の事故」などを題材にして、自動車対歩行者の事故に関する判タ基準を検討した。討論では、判タは、歩行者が道路の右側を通行していたか、左側を通行していたかで基本の過失相殺率を若干違えているが、歩車道の区別が無く、幅員も狭い生活道路では、特に意識して左側通行あるいは右側通行をするという歩行者は多くはないようでもあり、左側通行者も右側通行者と同等に保護されるべきではないのかとの意見も出された。歩行者と自転車との事故も増加しており、利用者への教育の徹底も必要であるとの意見もあった。

(次回研究会も「歩行者と車との事故」の検討継続)

 

2.3.2 これまでの研究の整理(主査提案)

 2005年度までに打ち合わせた方針を基本に、これまでの検討結果を当研究会員全員で分担して、 執筆する。その内容は、

・過失相殺の歴史的意義

・過失相殺の理論と実務

・工学的発想の必要性

・過失相殺と保険

・事故の防止

・今後の展望

など、10項位にまとめるものとして、提案された。2008年度中には世に問いたい考えである。 

 

[付記]

参考までに、2007年度に会議をした月日と主テーマを下に示す。

前記「判例タイムズ第16号」を「判タ」、その図番号を[ ]で括り、表示した。

 

第23回 2007年 4月 3日(火)

 ・判タ基準の検討 信号機により交通整理の行なわれていない交差点における出合頭事故その2

 ・・・・判タ[54]など

 ・「交通事故と信頼の原則」について、論文解説

第24回 2007年 6月22日(金)

 ・判タ基準の検討 進路変更車と後続直進車との事故

          ・・・・判タ[106]など

第25回 2007年 7月10日(火)

 ・判タ基準の検討 駐停車車両に対する追突事故

          ・・・・判タ[110]など

第26回 2007年 8月31日(金)

・判タ基準の検討 高速道路本線車道に駐停車中の自動車に対する追突事故

         ・・・・判タ[264]など 

第27回 2007年11月15日(木)

・交通事故過失割合研究会の成果報告のまとめ方 

第28回 2008年 2月22日(金)

 ・判タ基準の検討 歩行者と直進車の事故

          ・・・・判タ[20]など

第29回 2008年 4月30日(水〉予定

 ・判タ基準の検討 歩行者と直進車の事故その2   

          ・・・・判タ[5]など

                                        以上